名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)1646号 判決 1970年2月27日
原告
松本正
ほか四名
被告
所正秋
ほか二名
主文
一、被告所正秋、同中部石油化興株式会社は各自、原告松本正に対し二四〇万円、同松本フミノに対し二二〇万円およびこれらに対する昭和四一年四月二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告松本正の被告所正秋、同中部石油化興株式会社に対するその余の請求を棄却する。
三、原告松本正、同松本フミノの被告植村芳雄に対する請求を棄却する。
四、原告松本正次、同松本和子、同松本広の請求はいずれも棄却する。
五、訴訟費用は原告らと被告所正秋、同中部石油化興株式会社との間に生じた分はこれを四分し、その三を右被告らの負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らと被告植村芳雄との間に生じた分は原告らの負担とする。
六、この判決は第一項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一、申立
一、原告ら
「被告らは各自、原告松本正に対し二五〇万円、同松本フミノに対し二二〇万円、同松本正次、同松本和子、同松本広に対しそれぞれ五〇万円及び右各金員に対する昭和四一年四月二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
二、被告ら
「原告らの請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求める。
第二、請求原因
一、事故の発生
被告所正秋(以下被告所という)は、昭和四一年四月二日午前一〇時頃、大型普通貨物自動車(以下被告車という)を運転し豊橋市八町通り二丁目一四番地先交差点に南からさしかかり左折しようとした際、原動機付自転車(以下原告車という)を運転して被告車の左側を直進せんとしていた訴外亡松本勇(当時一七才―以下勇という)の右肩付近に被告車の左側車体を激突させたため、勇はその場に転倒し頭蓋骨粉砕等により即死した。
二、被告らの責任
(一) 主位的主張
(1) 被告所は被告車の登録名義を有し、被告車を所有し、それを運転して石油等の運搬の仕事に従事し、被告車を自己のために運行の用に供していたものである。
(2) 被告中部石油化興株式会社は、被告所が被告車の月賦販売代金の支払に窮した際これを立替払して援助し、昭和四〇年一月より昭和四一年四月中旬までいわゆる「丸がかえ・常傭い方式」で、被告所に専属的に自社の営業種目たる石油・重油・軽油の運搬を命じていたもので、本件事故の際も被告所は被告会社の指示に基いて石油等を運搬していたのであるから、被告会社もまた被告車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。
(3) 被告植村芳雄(以下被告植村という)は、被告会社の代表取締役として業務の執行に当つて来たものであるが、右業務の遂行に際し運送業者として正式の登録をしていない被告所を継続して専属的に運送業に従事させ、更に、石油等の危険物の運搬は消防法一六条により容器・積載方法等につき厳格な規準が定められており、特に危険物取扱い有資格者を同乗させ又は管理者として置くべきであるにもかかわらず、これら法定の規準をいずれも無視し、しかも過重なる労働条件の下で被告所を使用したという重大な過失によつて本件事故によつて原告らに損害を与えたものである。
したがつて、被告所、被告会社はいずれも自賠法三条により、被告植村は商法二六六条の三第一項により本件事故により原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 予備的主張
(1) 被告所は前記交差点を左折する際予め道路の左側に寄つて徐行し、自車の左側を直進する他車の動静に注意しこれとの接触等がないようにする注意義務があるのに、これを怠り、右交差点を高速度のまま急に左折した過失により本件事故を惹起したものである。
(2) 被告会社は前記の態様で被告所を雇傭し石油等の運搬に従事させていて、本件事故はその業務の執行中に起つたものである。
したがつて被告所は民法七〇九条により、被告会社は同法七一五条により本件事故によつて原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。
三、原告らの損害
(一) 原告松本正(以下原告正という)、同松本フミノ(以下原告フミノという)は夫婦で、勇はその次男、原告松本正次(以下原告正次という)、同松本和子(以下原告和子という)、同松本広(以下原告広という)はそれぞれその長男、長女、三男である。
(二) 本件事故に遭遇する前は原告らは幸福な家庭を築き、勇は本件事故当時高校三年に進級したばかりで、明朗快活、健康な少年であり、両親もとりわけ希望を託していたものであるが、被告らは原告らに対しなんら慰藉の努力をしていない。右の事情、その他諸般の事情を考慮すると勇を失つたことによる原告らの慰藉料はそれぞれ次の額と認めるのが相当である。
原告正、同フミノ 各一〇〇万円
原告正次、同和子、同広 各五〇万円
(三) 原告正は勇の葬儀費として二〇万五、一六四円、墓碑建立費として一二万五、〇〇〇円、合計三三万〇、一六四円を支出したが、うち三〇万円を請求する。
(四) 勇は本件事故当時一七才であり、一八才から六三才まで稼働することが可能であるところ、当時の全国男子労働者の一八才~一九才の平均月間支給現金額は一万七、四〇〇円であり、その生活費は一カ月七、四〇〇円とみるのが相当であるから、これらの数値をもとにして勇の逸失利益総額の一時取得額を年五分の中間利息を控除したホフマン式計算方式によつて求めると二七八万七、七二〇円となる。そしてこれを勇の両親である原告正、同フミノが各一三九万三、八六〇円相続することとなるが、そのうち各一二〇万円を請求する。
四、よつて原告らは被告ら各自に対し以上を合計した前記申立記載の各金員及びこれらに対する本件不法行為の日である昭和四一年四月二日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求めるものである。
第三、請求原因事実に対する答弁
一、第一項の事実中、原告ら主張の日時に被告所が被告車を運転し、原告ら主張の交差点に南から差しかかり左折したこと、原告車を運転していた勇がその場に転倒したことは認めるが、その余の事実は争う。
被告車は原告車に全く接触していない。すなわち、被告車は右交差点の約二五メートル手前で原告車を追い抜いたが、その時の被告車と原告車との距離は約二メートルあり、追い抜いた後左折し南北の横断参道の手前まで進行した時、後方で原告車が転倒したのである。
そして、原告車が転倒した理由は、先ず、原告車が乗り古されたものでクラツチ部分、ハンドル部分、ブレーキ部分その他多数の部位に不良個所があり路上運転に耐えられないものであつたところ、本件交差点を左折する(勇は直進しようとしていたものでなく、左折しようとしていたものである。)直前、ハンドルの固定部分がゆるみハンドルをとられたか、あるいは、勇の運転の不手際、偶発的病気等によるものであると思われる。
二、第二項の事実は全て争う。
(一) 被告会社は取扱品目の運搬を被告所に専従的に依頼しているのではなく、時折必要に応じて依頼したにすぎず、運搬の時間、経路等につきなんら拘束していない。
(二) 石油等危険物運搬は常時、有資格の危険物取扱主任立会のもとに行つており、本件事故当日は空の容器を返運に行くので単独で運搬したにすぎない。又被告会社として被告所に依頼していたものは大体浜松―岐阜間一往復のみで労働条件が過重ということはあり得ず、商法二六六条の三第一項が本件に適用される余地はない。
(三) 被告所には、本件交差点を左折する際全く過失はない。すなわち、被告所は左折する時、時速約九キロメートルに速度を落して徐行したし、道路の左側に寄らなかつたのは被告車の左側を原告車が走行しているのを認識していたからである。
三、第三項の事実は全て争う。
第四、立証〔略〕
理由
一、事故の発生
被告所が本件交差点を左折した際に勇が転倒したことは当事者間に争いないところ、〔証拠略〕によると、勇の右耳、右目、右顎部に挫創があり、同人の着ていたジヤンパーの右側部分が裂け、右ポケツトが破れ、右袖の付根がほころび、同人の被つていたヘルメツトの右側に十数条の擦過傷があること、被告車の左後輪タイヤに二個所接触痕があること、勇が頭蓋底骨折により即死したこと、及び、本件事故現場付近は舗装されており、平坦で、乾燥しており、悪路のため勇が転倒したとは考えられないこと、原告車に若干の不良個所があつたとはいえ事故に結びつくような不良個所は認められないこと、又勇は突発的な病気、運転上の不手際等によつて自ら転倒したとは考えられないこと等を認めることができ、これらの事実を総合すると原告車は被告車が接触したために転倒したものと推認される。
その他前記各証拠を総合すると、結局、請求原因第一項の事実は勇の死因を頭蓋底骨折とするほかは全て認めることができる。
二、被告らの責任
(一) 〔証拠略〕によれば請求原因第二項、(一)、(1)の事実を認めることができる。
(二) 〔証拠略〕によれば、同被告は本件事故の半年程前から被告会社の仕事をするようになり、被告会社の石油等を岐阜、名古屋、浜松間を被告車を用いて運搬していたこと、この間同被告はほぼ被告会社の仕事のみに従事していたこと、石油等を運搬する際荷物の積み降し等の必要から被告会社の従業員が時折同乗することもあつたこと、運搬の代金は被告会社より一カ月分まとめて支払を受けていたこと、本件事故の時も被告会社の依頼により空のドラム罐を油槽所に返しに行く途中であつたこと等が認められ、これらの事実によれば被告会社は被告車の運行を支配し自己のために運行の用に供していたものというべきである。
したがつて被告所、被告会社はいずれも自賠法三条により原告らの受けた損害を賠償すべき義務がある。
(三) 被告植村が原告ら主張のごとく被告所に前示認定の運送を依頼し、且つ被告所が自動車運送事業の免許を受けていなかつたとするも、本件事故につき被告植村も原因を与えたと観ることは相当でなく、また本件事故は危険物なる積荷から生じたものでない。したがつて本件事故は被告会社の代表取締役である被告植村において、いわゆる商法二六六条の三第一項の「職務ヲ行フニ付」悪意または重大な過失に起因するものとは云うことができず被告植村に対する請求は理由がない。
三、原告らの損害
(一) 〔証拠略〕によれば、勇・原告らの間に原告ら主張のような身分関係のあることが認められる。
(二) 勇の死亡による原告正、同フミノの慰藉料は諸般の事情を考慮してそれぞれ一〇〇万円と認めるのが相当である。
その余の原告の慰藉料請求は民法七一一条の解釈からして理由がないこと明らかである。
(三) 〔証拠略〕によれば同原告は勇の葬儀費、墓碑建立費として合計三〇万円余の損害を蒙つた事実を認めることができるが、右のうち本件事故による損害賠償として被告らに対し求め得るものは二〇万円と認めるのが相当である。
(四) 亡勇の逸失利益についての原告らの主張は全て相当と認める。したがつて右逸失利益につき原告正、同フミノが被告らに対し求め得るものは原告ら主張のとおりそれぞれ一二〇万円となる。
四、結び
よつて、原告正、同フミノの請求はそれぞれ二四〇万円、二二〇万円及びこれらに対する本件不法行為の日である昭和四一年四月二日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を被告所、被告会社に求める限度で理由があるからこれを認容し、原告正の右両被告に対するその余の請求、右両原告の被告植村に対する請求、原告正次、同和子、同広の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用の上主文のとおり判決する。
(裁判官 西川力一 高橋一之 岩淵正紀)